You walked to the mansion with steps that no longer wavered.
The sun was already high.
Lunch would come in less than an hour.
But most days, the master rose late. On days your mother returned to the quarters, it was usually around this time. Back then, you thought nothing of it—she had simply finished her work. But now you knew where she spent those hours.
Sure enough, the master was in his bedroom.
“Well, look who’s here. Grace.”
He smiled, his hairy chest visible between the white sheets.
“Seems last night left quite the impression.”
From beside his bed, a Dwarf woman scurried away in her undergarments. She was older, past her prime. One girl hadn’t been enough for him last night.
You felt nothing about it now.
“My mother is dead,” you said.
“Oh?”
His reaction was the same as if you’d told him the harvest was in or a cow had calved.
“That’s a shame. Truly, what a waste.”
He rolled the words around in his mouth as if tasting them.
“I suppose we must arrange her funeral. Though she wasn’t well-liked here in the house, I’m sure there are some in the quarters who’ll want to mourn her. Don’t be too sad, Grace. I know the pain of losing a mother. But don’t worry about your future. I’ll take full responsibility for you. Be like a father to you.”
At the word “father,” his lips twisted into a cruel smile.
“Now, come here. When grief swallows you, a little warmth is the best medicine. Let me comfort your wounded heart.”
You said nothing.
You moved toward him in silence. When his hand slid around your shoulder, you didn’t shrug it off. Your body was lifted onto the bed, placed onto his lap.
“Heh. Obedient, just as I thought. Blood will tell. Your mother was so stubborn at first. But by the second time, she learned. That’s how women are.”
His warm, foul breath brushed your face. You showed no disgust. Even when his thick fingers stroked your hair. Even when the disgusting hardness beneath you pressed up against your thighs.
You looked up at him.
You had never used a gaze meant to seduce. But you understood instinctively it would excite him. His eyes gleamed. His lips moved closer.
And then you thrust a scrap of paper up between your faces.
“What’s this?”
He took it from you.
You slipped from his lap, stepping back just enough to watch his expression.
“A letter,” you said.
“From my father in New York to my mother. It’s unfinished, though.”
“Hmm,” he frowned.
“But this writing is…”
“Yes. My mother’s.”
You knew it well. You’d seen it every time she wrote, every time she drafted replies to the imaginary father who loved you. Those moments, filled with hope and affection, were treasures to you. You knew her letters instantly.
You might be reading a stolen copy. Visit Royal Road for the authentic version.
“Ah. So that’s it.”
He chuckled.
“Maria wrote them herself, did she? Incredible. All that time together, and she still hid this. Pretending her husband was sending these.”
Yes.
She had fabricated the entire correspondence.
She wrote the letters herself, with the help of literate slaves, forging replies she pretended were from him. Bringing them home to show you, to pretend together.
“She wrote to herself. Pathetic. Truly pathetic.
Listen well, Grace. Your father never could’ve freed himself. After the Civil War truce, Confederate law forbade slaves from ever gaining freedom. You people can’t even own money, let alone buy yourselves. Did you really believe that fantasy? Ah, Dwarves. Ever the ignorant savages.”
He laughed, a deep, genuine laugh that echoed off the walls.
Grace.
The humiliation didn’t matter anymore.
Only one thing mattered now: whether your suspicion was true.
“Well now. This letter is a fine joke. I should share it at the next gathering. I’d have to whip Maria for secret correspondence, but—since none were ever sent, it’s simply too amusing.”
“Master.”
Your voice was timid, like any ignorant slave’s.
“Then… what happened to my mother’s husband?”
“Ah yes,” he laughed again.
“He died before I purchased Maria. Fifteen years ago, perhaps. She was about ten then. The boy tried to sell himself alongside her, but I had no need for such a scrawny brat. When he realized I wouldn’t buy him, he attacked me. I had to use my Pen. If the trader hadn’t been understanding, I’d have paid for him too.”
“Fifteen years ago,” you echoed.
“She was ten, then.”
He finally looked at you, intrigued.
“Fifteen years ago, he died,” you continued.
“I am twelve. The math… doesn’t add up.”
“Oh?”
His eyes glittered. For the first time, he was truly looking at you—not the past.
“You said… you first took my mother thirteen years ago. And that she was a virgin.”
“Indeed.”
He nodded, unconcerned.
“Did you…”
Your voice trembled, cracking.
“Did you ever love her?”
“Me?”
He feigned surprise.
“Of course I did! Nobles love deeply. We love many. It is our duty, our privilege. We bring happiness to all we touch. Peasants think love is for one person alone. But our blue blood grants us many passions. Yes, I loved Maria.”
He leaned in, tears glittering in his eyes, voice honey-sweet.
“And I will love you too. Her loss is our shared sorrow. Let us comfort each other. Love me, Grace. Comfort me. Support me. Now—”
The sheets slipped away.
What lay revealed was more grotesque than the night before. He glanced down at his erection, then smiled up at you.
“Kiss me, my sweet girl.”
Your movement was perfect.
You hiked up your skirt. Before his eyes could widen at the glint of steel, your hand closed around the hatchet lying in the sheets. You raised it high.
And brought it down with all your strength.
A spray of blood burst from the clean slice.
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【日本語原文 / Original Japanese Text】
010 kiss me
おまえは、いまやもうふらつかない足で、屋敷へと向かった。
すでに日が高い。
あと一時間もしないうちに、昼食の時間になるほどだ。
しかし、ほとんどの日において、旦那さまがたの朝は遅い。母もつとめを終えて奴隷宿舎に帰ってくる日は、ほとんど、いまぐらいの時間だった。いまから思えば、旦那さまの寝室で過ごす時間だったのだろうが。
はたして、旦那さまは寝室にいた。
「ほう、もう来たのか。グレイス」
旦那さまは、白いシーツのあいだから毛の生えた胸を覗かせながら、笑う。
「よほど、きのうの晩が忘れられなかったと見えるな」
寝台の脇から、そそくさと下着すがたの洞人《ドワーフ》女が立ち去っていく。すこし薹が立った、年増の奴隷だ。きのうは、おまえひとりでは飽き足らなかったのだろう。
いまさら、どうというふうにも思わなかった。
「母が、死にました」
「ほう」
旦那さまは、「収穫作業がひと段落しました」とか「牝牛が子を産みました」ぐらいの報せを受けたかのような顔で、そう言った。
「それは、残念だ。
まことに、惜しい」
語感をたしかめるように、言う。
「葬儀の差配をしてやらねばなるまいな。マリアは屋敷のなかでは白眼視をされておったようだが、奴隷宿舎《こや》のなかには、弔ってやりたいものもあるだろうしな。
気を落とすでないぞ、グレイス。
母をうしなう痛みは私もようく分かっておる。なに、おまえのこれからについては心配いらぬよ。私がしっかりと責任を持って、めんどうをみてやろう。親代わりにな」
さいごのことばを付け足すとき、口もとが皮肉な笑いに歪んだのを、おまえは見届けている。
「さ。こちらへ来なさい。
哀しみのなかに放りこまれているときには、人肌のぬくもりがいちばんの薬だ。私が傷ついたこころを癒やしてやろうとも」
おまえは、なにも言わない。
なにも言わずに、寝台のそばへとにじり寄る。旦那さまが馴れ馴れしく肩に回してきた手を、振り払うこともしない。おまえのからだは寝台へと上げられ、旦那さまの膝へと座るよう促された。
「ふふ、素直がいちばんだ。
やはり、血は争えぬな。マリアもさいしょはかたくなで困ったものだが、二度目には従順になった。女とは、こうでなくては」
旦那さまのなまあたたかい息が、鼻先に当たってくる。
嫌悪感を、おまえは眉尻にさえ出さない。太い指が髪の毛を撫でさすっても、動かない。尻の下に、だんだんと硬さを増すおぞましい感触が伝わってきても、動かない。
おまえは、旦那さまの顔を見上げる。
媚びがふくまれた上目づかいなど、おまえは、これまでの人生で使ったことはなかった。けれども、それが欲情を煽るのだろうということは、なんとなく分かった。旦那さまの瞳がぎらつき、唇が近づいてくる。
その鼻先に、紙片を突きつけた。
「……なんだね、これは」
旦那さまが紙片を受け取る。
おまえは膝の上から腰を上げると、すこしだけ離れた。旦那さまの表情の変化を、見るために。
「手紙です」
おまえは言う。
「ニューヨークの父から母に宛てた、手紙です。書きかけですけど」
「ふうむ」
旦那さまは訝しげに首をひねる。
「だが、この字は……」
「そう、ーー母の字、です」
おまえは、知っていた。
母の字は、つねにかたわらで見つづけていたからだ。父にどんなことばを返すか、おまえからの「愛してる」をどのようなことばで伝えるか、ふたりで相談しながら、手紙の返事を書いたのだから。あの時間は、希望と愛に溢れていた。おまえにとって、宝物のようなひとときだったのだ。
だから。
母の字は、ひと目で分かる。
「ほう、そういうことか」
気づいて、旦那さまは笑う。
「マリアめ、そんなことをしていたのか。これは驚きだ。知らなかった。あれほどおおくの時間をともに過ごしても、やはり知らない一面というものはあるものだな。……まさか、夫の存在をいつわるとは!」
その通りだ。
母の字で書かれた、父からの手紙。それが意味するところとは、文通そのものの捏造だった。
母は、手紙のやりとりなど、はじめからしていなかったのだ。
文案をじぶんで考え、字の書ける奴隷に代筆をたのみ、父からの手紙を捏造した。屋敷宛てに届いた郵便として、それを持ち帰り、おまえに見せて、喜ぶふりをしていたのだ。
「じぶん宛ての手紙を、じぶんで書いていたのか。なんとまあ、いじましいというか、みじめたらしいというか……。
ほほう、これはすごい。
グレイスよ、おまえの父は自由洞人《フリードワーフ》なんだと! じぶんで働いて得た金で、じぶんの自由身分を買い取ったのだと! これほどおかしな冗談は、いままで聞いたことがないな!
いいかねグレイス、よく覚えておきなさい。
あの“内戦《ザ?シヴィル?ウォー》”が休戦に至った直後、まもなく決議された法案で、奴隷身分のものが自由身分になることは、連合国法でかんぜんに禁止されておるのだよ! そもそも財産を私有する権利さえもが、おまえたち奴隷には認められておらん。金を貯めてじぶんの自由を買い取るなど、現実にあり得んのだ! ……そんな幻想を、おまえたち奴隷のなかでは信じこんでおるのか? やはり奴人《ドレイヴ》! しょせんは蛮人の域を出んなあ!」
からからと、ほんとうに面白そうに、旦那さまは嗤った。
グレイスよ。
おまえにとって、そんな屈辱はもはやどうでもいい。気になっているのは、ただひとつ。じぶんの洞察が、正しかったのかどうか。じぶんの推測が、真実であるのか否かだ。
「さてさて、これほど面白い手紙。ぜひとも夜会で友人たちにも披露したいところだな。こっそりと手紙のやりとりなどをしていたとすれば、マリアを鞭打たねばならないところだが……あいにく、じっさいには手紙など一通も出しておらんのだからなあ! まったく、なんという冗談だ!」
「旦那さま、」
おずおずとものを尋ねる、無知な奴隷の声に聞こえるように、おまえは声を挟む。
「……それで、その。
母の夫というひとは、ほんとうはいったいどうしているのですか?」
「いやはや。これが重ねて笑えることにだな、マリアを買い取るまえに、もう死んでしまっておるのだ」
旦那さまは、くつくつと笑う。
「十五年まえになるのかな。当時十になるかならぬかであったマリアと、あの餓鬼はすでに婚約しておったのだそうだ。私がマリアだけを買おうとすると、けんめいにじぶんを売り込んできおったよ。しかし痩せっぽちの餓鬼を買うほど、私も買い物下手ではないのでな。
私に買う意志がないと分かると、奴隷のぶんざいで怒り狂ってな。私に手をかけようとしてきたから、うっかり筆杖《ペン》を振るってしまったのだ。奴隷商人が話のわかる紳士でなかったら、あの餓鬼の代金まで払わされるところだった。いやあ、あの時は焦ったものだよ」
「十五年まえ、とおっしゃいましたか」
「ん?」
「母は、十であったと、おっしゃいましたか」
おまえのしずかな声に、旦那さまはようやく目を向ける。
抱いた疑惑が、だんだんと輪郭を得はじめていた。幾重にも貼り付けられた哀しい嘘の衣が、一枚ずつ、剥がされていっていた。
「十五年まえに、父は死んでいました。
わたしは、十二になります。
……計算が、合わなくなります」
「……ほう」
旦那さまは、興味ぶかそうに、おまえを見つめかえしてくる。
ようやく、過去ではなく、おまえに対して関心をそそられはじめたように。
「旦那さまは、」
おまえは、震えはじめた声でつづける。なるべく、よけいな感情が先走らないように、気をつけながら。
「……母にお手をつけられたのは、十三年まえだとおっしゃいました。
母はそのとき、処女であったとも、おっしゃいました」
「そのとおりだ」
平然と、旦那さまはうなずく。
おまえは、続くことばに迷った。旦那さまは、やはりすべてを知っていたのだ。そう分かって、もはやなにを追及してよいのかすら、見えなくなった。旦那さまの目に、揺らぎはなかった。いっさい、なかった。
「……あなたは、」
ようやく、絞り出した。声がかすれた。
「母を、愛したことはなかったのですか?」
「私が?」
驚いたような表情をわざとらしくつくってみせながら、旦那さまは言う。
「なにを? まさか! 愛していたとも!
私は愛していたさ。
貴族とはもともと、愛が広い人種なのだよ。おおくの異性を愛し、おおくの異性に幸せをもたらす。それが貴族の責務であると言えるのだ。平民や奴隷たちはただひとりの人間しか愛せないと思い込んでいるようだがね。私たちに流れる青い血は、大きな感情を、いくつもの激情を、肯定するものなのだ。
マリアを、私は愛していたとも」
旦那さまが、おまえににじり寄ってくる。
潤んだ瞳で、おまえを見つめながら、両手をおまえの肩へと掛ける。
「そして。おまえのことも、これから愛してゆくつもりだよ。マリアをうしなったことは、われわれふたりにとって、大きな哀しみだ。手を取り合って乗り越えてゆこう。だからグレイスよ、おまえも、私を愛しておくれ。私を慰めておくれ。私のこころを支えておくれ。
さあ――」
旦那さまのからだに掛かったシーツが、すべり落ちる。
あらわになったのは、きのう以上に硬く屹立する、みにくいもの。旦那さまはそれを見下ろし、おまえへと笑いかける。
「口づけておくれ、かわいい娘よ」
おまえの動きは、完璧だった。
スカートをまくり上げた。瞬間、シーツに落ちた手斧に旦那さまが目を剥くより早く、それを拾い上げると、天向けて屹立するけがらわしいものへ刃先を向け、斧頭を渾身のちからで叩いた。
鮮やかな切断面から、血が噴出した。

